カテゴリ:説教要旨



2021年 · 2021/05/03
 昨年4月10日の受難日礼拝から5月17日の無会衆礼拝から、2度目の緊急事態宣言による無会衆礼拝となった。時期的にもイェスの復活と重なるので、空の墓ではなく、復活して人と出会うイェスを思い起こしたい。

2021年 · 2021/04/25
 今日のエリヤ物語の前半は、王の迫害を逃れたエリヤが食べる物も無くなったこの母子の前に現れて居候になった。それ以後は二人が最後の食物としてあった小麦粉も油も壺の中から尽きることがなかったという話。

2021年 · 2021/04/18
 新約では、イェスを十字架に付けた人々の慌てた様子が描かれている。実際問題としてカリスマの遺体は処分も大変だ。盗み出されて祭られでもしたら、それこそ一大事になる。

2021年 · 2021/04/11
エゼキエルに神はなぜこんな言葉を与えたのだろう。イスラエル民族が改心したわけでもないのに。神ご自身が名を惜しまれ、救いを与えるとの宣言をされた。

2021年 · 2021/04/04
十字架というローマ式の処刑方法は、公開処刑で見る者に恐怖を植え付けて、ローマへの反抗心をなくすことを目的にした処刑である。

2021年 · 2021/03/28
 誰でも特別あつかいしてほしい。他人との間はもとより、兄弟の間でもそうである。持っている人間はあまり意識しないものだ。

2021年 · 2021/03/22
イェスの変身については、マルコ、ルカ福音書にも記されている。この話は、先週の聖書個所から続いている。これもまたペトロの証言によるのであろう。

2021年 · 2021/03/14
芥川龍之介による短編作品の中に「闇中問答」というものがある。3編からなり、そこでは「或声」と「僕」の対話が描かれている。私たちも人生において、「声」を聴くことがある。

2021年 · 2021/03/07
 受難節にイェスの苦しみを覚える時に、聖書に因果応報はなじまないということを知ることは大事だと考える。この世界は原因と結果という因果律でできていると考えるのが普通である。

2021年 · 2021/02/28
17日から受難節となり、神様からの恵みを褒めたたえる時から、私たち自身について深く考える時となった。

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