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説教要旨21/1/24「ガリラヤからの声」

イザヤ書 8:23b~9:3

マタイ福音書 4:12~17

「ガリラヤからの声」

 

 イザヤ書の「異邦人のガリラヤ」という呼び方は、この地の苦難の歴史に関係がある。ガリラヤは、ソロモン王の死後に王国が分裂して以来、北イスラエル王国の最北部として敵国からの攻撃を何度も受けた。前 732 年頃のアッシリアの侵攻により、北王国はアッシリアの属州となる。その後は、バビロニアやペルシア、ヘレニズム諸王朝(ギリシア)などに支配され続け、他民族の移住が行われて人種混合が起こっていった。エルサレムから見れば、もはや異国であり、民族宗教であったユダヤ教からは異邦人扱いをされることになっていった。

 

そのガリラヤ地方がエルサレムのユダヤ人と歴史的運命を共にするようになったのは、ハスモン朝のアリストブロス 1 世(紀元前1世紀)の時代であったとされている。これよって、異文化していたガリラヤの住民たちの再ユダヤ化が行われた。今日のイザヤの言葉が、この時代を示すものなら、彼は600年先の未来を言葉にしたことになる。人の想像を超えて遠くを見る神の目ということであろう。

 

さてイェスとほぼ同時代に“熱心党”と呼ばれる人々がいた。ハスモン朝の台頭により、ガリラヤから始まった救国運動とでもいうべき運動に関わった人々を指した。この人たちは、イザヤ書の今日の言葉の中に、自分たちの救国運動を読み込んだかもしれない。またそう読むことで、一層熱心に活動したのだろう。

 

以上が正しいとすると、ガリラヤ出身のイェス人気の底には熱心党の救国運動に対する親和性、人々のローマへの反感やエルサレムに対する反発があったと考えられる。そういえば、イェスの弟子であった熱心党のシモンが、イェスに従ったのは救国のヒーローをイェスの姿に見出したからだろう。十字架に掛かるまでのイェス人気には、この熱心党運動の影が付いていたと考えると、イェス人気は十字架において失望へと変わったと言える。

 

 しかし私は、イェスが熱心党を受け入れていたとは考えていない。今日のマタイの最後の句がそれを示していると考えるからである。「悔い改めよ。天の国は近づいた」この言葉の前半には、洗礼者ヨハネの影響が見える。しかし、ヨハネの言葉の後半は、“良い実を結べ”であったが、イェスの言葉は、“天の国は近づいた”である。あるものに近づくために動いていくのと、あるものが近づいてくるのでは、自分の位置や動きが違ってくる。「悔い改めて、待て」では、主体が私であっても来るのは相手ということになる。天の国は来るのであって、天の国に行けではない。先ほど述べた熱心党の運動は、いわば革命運動であり、先のものを倒して打ち立てる神の国となるが、イェスの述べる神の国は来るべきものである。座して待つものではないのだろうが、やはり来るべき時を待つ、終末にもつながっていく神の時間のあり様を示していると考える。

 

 私たちも同様で、この世に生きていくことと、私たちの手で天の国を作ることは別のことなのだ。神のなさりように従う姿勢は、生きているうちに目にすることではなく、待つということの中にあると考える。

森 哲

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