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絵を描くこと

「いいな! と思った瞬間に絵は描けている」

「物を見て、いいな!と思った瞬間に絵は描けているんだよ。」と子どもたちにはいつも話すのです。それを聞いて半信半疑で筆を取った子どもたちは、見事この言葉の意味を体得してくれるのです。ですから、この言葉は、真実なのです。

 

ところが、私に関しては例外でした。大学時代に、九州の九重連峰の東にある大船山に登りました。船を逆さにしたような気品のある不思議な形をしています。まだ春は名のみの弥生の空は、その青さが際立っていました。しかし、どの梢も、この寒さに耐えて凛とその空の青をさして伸びているのです。「この光景を描きたい」とスケッチブックを取り出してみたものの何と平板な絵になったことか!冬の厳しさに耐えた力強い息吹や春を待つ喜びを内包した豊かさを描くことができませんでした。それ以来、山を描くことを諦めてしまいました。

 

ところが、今年の春、残雪を懐いて雄々しく聳える烏ヶ山(大山への登口1448mの山)を目にした時、「もう描くまい」と封印したはずの心が溶解し始めました。気がつくと、シャッターを切っているのです。頭の中では、描くための素材集めが始まりました。雪の重み、梢の鋭さ、雪を割って生えてきた蕗のとうなどなどーーー気がつくと画像が50枚を超えているのです。それと同時に心の中には、「描けそうだな」という確信が生まれてきたのです。

 

中央の山は、オイルパスの白を擦り込み、ブラシでアクリル絵の具を叩きつけました。一番描きたかったブナの梢は、ゴム製の筆で数種類の色を枝の重なりを考えて置いていきました。手前の雪は春の訪れを告げるように溶け出しています。その雪の重みを出す為にオイルパスをライターで溶かして大胆に盛り込みます。

 

「あー楽しかった!」

 

描き終わった時、きっと私の顔は、子どもたちがいつも見せてくれているような柔和な笑顔に染まっていたことでしょう。

田中基信

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