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牧師ご挨拶(2025/11月)

 気候が変わり、紅葉の時期も近づいてきました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。紅葉の時期も年によってずいぶん違うようですね。自然は人間の思い通りにはなりません。私たち人間は、自然の中に生かされているものであり、決して自然を思い通りにする力を持っていないのです。

 

 ところで、聖書には、自然界を題材にした次のようなイエス・キリストの言葉があります。

「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。 ・・・ なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。 しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか。(マタイ6・26、28~30)

 

 キリストはこの個所で、「空の鳥」や「野の花」を題材にして、「神は自然界のひとつひとつの存在を豊かに取り計らっておられる。だから、あなたがた人間にはなおさらのことではないか。神は、一人一人に豊かなご配慮されている。」とのことを教えられています。

 また、この個所から「空の鳥や野の花を注意して眺めるならば、その背後に神の存在を感じることができる。」ことに気づかされます。その自然界を神は言葉の筆によって造られました。実に、自然と触れあうことは、それを造られた神の言葉に触れることなのです。自然に触れるのと同じように、神の言葉に触れると、自分の存在が小さく思えています。そして、偉大な存在である神に生かされていることに気づかされていくのです。

 

 ですから、心配ごとがある毎に、あなたの存在を見つめておられる神の存在を知りましょう。あなたが抱える問題も、神はすべてをご存知です。一人で思い悩む時も、神があなたの歩みに寄り添い、あなたを神の言葉によって支えようとしておられるのです。私たち人間に力はありませんが、聖書の言葉にこそ力があります。

 ぜひ、教会に来てくださり、聖書の言葉に触れてみてください。そこから停滞していた人生が動き出すかもしれません。

牧師 : 宮本幸男

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