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「羽仁もと子と私」

 私は、羽仁もと子さんが書いたエッセーを読んでとても感銘を受けたことがあります。そのこともあり、私は、羽仁もと子が創刊した「婦人之友」の読者団体の「全国友の会」に入会しました。それは以前、私が広島に住んでいたときのことでした。「婦人之友」は読んで楽しく、衣食住についての気づきなどが多くありました。

 

 そして、あの阪神大震災の前年に西宮に戻ってきました。その翌年地震に遭遇したのです。大きな揺れの中、社宅は大丈夫でしたが、その一週間後、夫が職場で倒れ、医者から「9割は覚悟してください」と言われました。しかし、夫は奇跡的に助けていただきました。神様が私の祈りを聞いてくださったと思いました。

 

 しばらくして、私は香櫨園教会に通うようになり、そして洗礼を受けたのです。古河治牧師へ、私は「信仰の薄いものが洗礼を受けて良いのでしょうか?」と問いかけました。すると先生が、聖書に手をおいて「K○○○さん、これからですよ」と言われました。その言葉には新鮮な響きがあって、今でもしっかり覚えています。

 

 いつも「祈りの言葉が出てこない」、「私の信仰は浅い」と自分の至らなさに悩みがありますが、「こんな私でも神様は許して愛してくださっている」のです。

 

 私は、今年正月早々腸閉塞にかかり手術をしました。また、前年からの体の痛みも残っています。しかし、辛いときがあると、羽仁もと子さんの次のエッセイを思い出します。

 

『今はこれこれの心がかりがあるから、何にも身にしみてする気にならないといい、またはこの事の済まないうちは、 仕事も手につかないとかいうようでは、私どもはほとんど始終静心なく暮らさなければなりません。 そうして、しなくてはならない多くの仕事を残して、その生涯を閉じなくてはならないことになりましょう。 私どもは無事の日を常と思わず、むしろ心がかりのあることを、人生普通のことと思うように、 わが心を鍛えておかなくてはなりません。そうして無事の日を、特に与えられた恵みの時として感謝し喜びもしたいと思います。』

(羽仁もと子著作集:思想しつつ生活しつつ(上)「唯今主義」より抜粋。)

 

 私は、残された日々をそう思えるように励んでいきたいと願う今日このごろです。

T.K

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