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人生の棚卸し

人生の棚卸し 

 

 私の今年のテーマを「人生の棚卸し」と決めた。早速、机の近くにある書類の整理を始めたところ、古い手紙が出てきた。

 

 「小生もホスピス医となってから三ヶ月を過ぎました。やっと少し慣れてきましたが、死にゆく人の魂に響くような会話をするのは難しいものです。深い人間理解と思いやりが必要です。…… 個々の患者さんとの生死をめぐる会話を通して、将来は死生学という学問体系について勉強していきたいと思っております。これからもいろいろご指導下さい」

これは、1996年7月9日付けで祖母シズさんに送った手紙である。シズおばあちゃんの帰天(1998年12月1日、94歳)後、我が家に戻されていたのである。

 

 シズおばあちゃんの思い出から始めよう。おばあちゃんについては、先に「我が家の家訓」と題した小文に載せところである。いつも笑顔だけれど、筋が一本通ったおばあちゃんで、私はとにかく可愛がられた。昭和26年生まれの私は、軍人の一家だった細井家に戦後初めて誕生した「いのち」だった。敗戦後の大変な時期を生き抜いてきた細井家にとっては新しい時代の幕開けを告げる存在で、とても大切にされた。両親とも仕事をしていたこともあり、おばあちゃんに育てられたと言っても過言ではない。おばあちゃんに手を引かれて教会に通った。そういう生活が小学2年まで続いた。

 その後、中学、高校、大学時代には夏休みのたびに一ヶ月間おばあちゃんのところで過ごした。結婚してからも毎年おばあちゃんを訪ね、我が家に子どもができてからも家族で出かけていった。私も、妻も、子どもたちも、皆同じように可愛がってくれた。

 

 「人生の棚卸し」を考え出した矢先に、そんなおばあちゃんに宛てた手紙が出てきた。正に棚卸しで、人生を見つめ直すいい機会になった。

「死にゆく人の魂に響くような会話をするのは難しいものです」。ホスピス医になってから今年で28年目を迎えるが、やはり同じ思いである。「人物理解と思いやりが必要です」。それに付け加えるならば、自分自身を見つめる目も必要だと今は思っている。

 

 「将来は、死生学という学問体系について勉強していきたい」としたためていたが、最近になってようやくわかってきたことがある。勉強しても、勉強しても、次から次へと新しい疑問が湧いてくる。悩みは深くなるばかりで結論には至らない。学問は所詮、人間の考え出した学問に過ぎない。人生の全体に意味を与えることはできない。勉強を重ねても真理には到達しえないのである。

 では、真理はどこにあるのか。それは神の言葉の中にある。私は生まれたときから真理の近くにいながら、もっと言えば真理のど真ん中にいながら、他のところ(ちっぽけな人間の考え出した学問体系)にそれを求めていたのだった。

 

 おばあちゃんは私の初節句(1952年5月5日)に聖書を贈ってくれた。そこには、「汝の幼き日に汝の造り主を覚えよ、祖母より」と書き添えられていた。

涙が止めどなく溢れた。

 細井 順

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