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「人生観が変わりました」

「人生観が変わりました」

 

 七十歳を前にした胃がんの患者さんだった。二年前に手術を受けたが、現在は腹部全体にがんが広がっていた。腰痛が強くなって入院となった。痛み止めを調整して、入院後一週間経っていた。その日もベッド脇のソファに腰をかけていた。

「ここにきて痛みはマシになりました。時々ギュッと痛むときがあり、その時には頓服を使っています。食事も食べています」と笑顔で応じてくれた。

「よかったですね。ここに来たときは大分苦しんでいたようでしたが、一週間して、すこしずつまたやる気が湧いてきたんじゃないですか」

 「いやねえ、ここにきてほんとによかったです。前の病院で治療がもう難しいと言われ、ホスピスを勧められたときには、絶望のどん底に落とされて自暴自棄になって家族にもあたっていました。ここに来る前には、痛みを取ってくれるところと思っていましたが、こんなに希望が湧いてくるところとは知りませんでした。ここのスタッフはみんなが目を合わせて私の話しを聴いてくれます。頼んだことはイヤな顔をせずに、直ぐにやってくれます。私のことを大切にしてくれます。私は、もともと他の人に頼ることができない人間で、頼むよりは何でも自分でやる方がいいと思って、自分勝手に仕事を進めてきました。そのために体調を壊したこともありました」

 「そうでしたか。最初に診察したときにはボディビルをやっていたと話してくれましたね。何事もストイックに黙々と自分ひとりで物事に取り組むタイプの人だなと思っていました」

 「ここに来て、やっぱり人間は助け合っていくもんだということがわかりました。人を頼っていかないとあかんということがよくわかりました。これまではひとりで生きていくものだと思っていたので、ここにきて人生観が変わりました」

 「人生観が変わった!なんと素晴らしい。それは、がんになってよかったということですかね」

「そうです。人間を大きくしてくれました。それで、家からパソコンを持ってきてもらって、今の気持ちを書き留めておこうと思っています。ホスピスがどれくらい素晴らしいところかをもっと多くの人に知ってもらいたいので、書いておこうと思います。大概の人はホスピスがこういうところだとは知りませんから」

 

 ホスピスケアをここまで褒めちぎってくれる人も少ない。人が求めていることは、孤独からの解放だといわれる。小我から大我に拓かれていくときに人生の奥ゆきに触れることができる。

 「われ生くるにあらず、キリスト我がうちにありて生くるなり」(ガラテヤ書2:20)と言えるならば、生きることはもっと豊かになるだろう。

細井順

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