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説教要約2026/1/11「予測不可能な人生と神の目的」

「予測不可能な人生と神の目的」

民数記6:17~21、使徒言行録21:15~26

 

 パウロは、自分の失明という悲劇的な出来事によって「人は、信仰により恵みによって救われる」ことを知りました。そして行いによる救いを否定していきます。しかし、彼が否定したことは、律法が救いの条件となるということで、ユダヤ人が伝統として律法や習慣を守ることについては認めていました。

 

 けれども、パウロを陥れようとするアジア州のユダヤ人たちは、それを全て否定していると誇張して拡散させていました。だから、エルサレムのリーダーたちは、エルサレムのユダヤ人が誤解して、パウロが命を狙われることを心配します。そしてパウロに対抗策を与えて、守ろうとしました。しかし、そのような努力にもかかわらず、アジア州のユダヤ人の先導によって、パウロは誤解され、捕らえられて殺されかけました。

 

 ところで、この時までのパウロには2つの大きな目標がありました。その1つ目はエルサレムに行くこと、2つ目は世界の中心ローマに行くことでした。エルサレムに行くことは、この旅行で願いが叶えられました。そして、ローマに行くことは、皮肉にもこの事件が直接のきっかけとなって、パウロはローマに無理やり連行されていくことになります。

 ここから、神の働きは、私たちの願ったようにはいかないことが分かります。神の御心は必ず実現されるのですが、その過程の中で、人間の希望する通りにはいかないことが多いのです。しかし、パウロも捕らえられたからこそ、ローマに行くことができました。神はそういった悲劇に見えるようなこと用いて御心を成し遂げようとしているのかもしれません。たとえゆっくりでも、遠回りしてでも、私たち一人ひとりに対する神の計画は確実に進んでいることを信じましょう。

 牧師 : 宮本幸男

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