「何が人に愚かな行動をさせるのか」
イザヤ45:20~25
使徒言行録21:27~36
かつて、救い主であるイエスを誤解したユダヤ人たちは、ローマ総督ポンテオピラトに「イエスを十字架につけろ」と叫びました。その数十年後、再びユダヤ人たちは「パウロが律法と神殿を汚して神を冒涜するようなことをした」と誤解して「その男を殺してしまえ」と叫びます。そのように人に誤解をさせ、愚かな言動をさせる正体は何なのでしょうか?
パウロが、危険を冒してまでもエルサレムに来た目的の一つは「人は律法を守る行いによって救われるのではなく、信仰によって恵みによって救われる」という真理をユダヤ人たちに認めてもらう為でした。しかし、パウロへの悪意を持つアジア州のユダヤ人たちの先入観が、エルサレムにいるユダヤ人が見るパウロの姿をゆがめてしまいました。
実に先入観による誤解は、対立や争いを引き起こしてしまいます。今でも国と国が争う戦争の元となり、多くの人々が犠牲となっています。だから、この世界に平和がもたらされる為、異なる考えを持つ者同士が理解し合う方法が求められています。そして、その方法として、二つの間に立って和解に導く「通訳」的な存在が期待されています。
しかし、すでに神は、私たち人間と神の間、あるいは人間同士の間に立って、和解のための「通訳」をしてくださるイエス・キリストというお方をこの世界に送ってくださっています。2000年前、キリストがこの世界に来られたのは、理解しえない存在同士の間に立って、和解に導き、そこに平和をもたらせる為でした。
イエスは、人間となって来てくださることによって、神の御心を私たちに伝える最高の通訳となってくださいました。そして、私たちの平和の為に、全く異なる二つのものが、一つになれる希望を与えてくださったのです。
牧師 : 宮本幸男