「わが人生に一片の悔いなし」
イザヤ50:4~7
マルコによる福音書15:21~41
私たちは問題を抱えている時にだけ救いを求める勝手な存在です。苦しい中に御利益を願って神に救いを求め、その願いが叶えられたと感じたら「自分は救われた」と思うことでしょう。もしも、その救いを神に心から感謝をすることが出来たならば、それはそれで尊いことだと思います。
しかし、聖書が語ろうとしている救いは、私たちが日頃から救いだと思っている以上の目に見えていない別の救いです。その救いはこの世界には溢れていますが、蕾のままで目に触れにくい状態として置かれています。それを神は見事に咲く花として私たちに与えようとされておられます。
けれども、御利益ばかりを願う私たちにとって、すぐに御利益が得られない救いを受け入れることは難しいことでしょう。私たちはそのような神の御心を知ろうとはしない自己中心の罪を抱えています。実に、そのような罪の身代わりとなって、主イエス・キリストは十字架に架かる道を選んでくださいました。
ある意味、イエスはご自分の十字架の人生を通して本当の救いを見せてくださったのです。私たちもイエスと同じように神の愛だけを信じましょう。何があっても「わが人生に一片の悔いなし」と、徹底的に自分の人生を肯定して受け入れるのです。そうすれば、今まで見えなかった本当の救いが鮮明に見えてきます。
牧師 : 宮本幸男