「我を忘れて進む道」
ダニエル12:1~4
使徒言行録24:10~23
復活の主イエス・キリストを救い主と証言する人々の群れは、周囲の人々からユダヤ教の一分派として「ナザレ派」と呼ばれていました。また彼らは自分たちのことを「この道」と名乗っていました。彼らはキリストの十字架に示された神の愛を受け入れるならば、恵みによって救われることを信じていました。
また、彼らは「ナザレのイエスが、初穂として神によって復活させられ、そのイエスを救い主と信じる自分たちも復活させられる」という希望を持っていました。しかし、復活のイエスと出会った経験もない私たちにとって、その復活は信じがたく思えます。私たちは、聖書の中に書かれている弟子たちの経験による証言を、彼らが私たちにどうしても伝えたかった事実として受け入れることしか復活を信じる道はないのでしょうか。
けれども、私たちも「この道」を歩む中で、少しずつ復活の希望が深められてゆく恵みが与えられます。その恵みは、かつてこの地上で共に過ごし、天に送らせていただいた方々に対する「またこの方と再会できるかもしれない」という希望です。
その再会は、霊としての中途半端な再会だけで終わるものではなく。再び新しい体をお互いに与えられての再会です。その希望が与えられている時に、復活のイエスは私たちも現れてくださっていて、私たちの心に復活の希望の光をともしてくださっているのかもしれません。その恵みの光に導かれ、ただ前だけを向いて「この道」を最期まで歩ませていただきましょう。
牧師 : 宮本幸男