「一杯の茶をたてるがごとくに」
エゼキエル11:14~21
使徒言行録24:24~27
ローマ総督フェリクスは、パウロから保釈金をもらおうとする下心から判決を引き延ばしていきます。しかし、彼は何度もパウロと接見する中で、パウロが語る正義や節制や来るべき裁きについての話に恐れを抱き始めました。
それは自分の身に覚えがあって、恐ろしい裁きを受ける可能性があると感じたからでしょう。しかし、フェリクスは「今回は」と言っては、何度も途中で話を打ち切りにしていきました。彼には悔い改めのチャンスが与え続けられていましたが、最終的にチャンスを生かすことはできませんでした。
ところで「一期一会」という茶道に由来する日本のことわざがあります。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、招いた亭主と招かれた客が「一杯の茶をたてる、これが最期」と共に互いに誠意を尽くし合います。
私たちは、神の言葉に迫られる中て、それに応答して悔い改めの実を結ぶことが期待されています。まさに神と私たちとの「一期一会」というものがあるのです。今、神から語り掛けられていると感じるならば、その方向に一歩踏み出さなくてはなりません。
なぜならば、次回に伸ばしてしまっては、チャンスを逃してしまうことになりかねないからです。私たちの人生の中には、何度も次のチャンスが訪れるのかもしれません。けれども、それもこの世のいのちがある間だけです。だから、神との「一期一会」を常に意識して大切にするよう心がけましょう。
牧師 : 宮本幸男