「聖霊の風が吹いて」
エゼキエル37:9~10
使徒言行録2:37~42
聖霊降臨の日、使徒ペトロの語る説教を聞いたユダヤの人々は、自分たちが神に逆らって歩んでいたことに気づき、その過ちに心を大きく打たれます。使徒ペトロは、そのような彼らを悔い改めに導こうと、自分を赦していただいて「聖霊」によって新しく生まれ変わることを教えました。
そして、その言葉を本気で受け入れ、洗礼を受けた三千人の人々によって最初の教会が誕生しました。しかし、いったい何が一度に三千人もの人の心を打ち、悔い改めさせ、新しく生まれ変わろうと決心させたのでしょうか。
思えば、聖書の福音書の中の主イエス・キリストは、徴税人をはじめとする罪人と呼ばれた人たちを次々と変えていきました。彼らは、自分の力で自分を変えることが出来ずにいた弱い人たちでした。それが、主イエスの招きを受けた瞬間に生き方が変えられていったのです。
出会う人々との関わりにおいて、主イエスが一人一人に示されたのは憐れみ深い神の愛でした。その憐みは「相手に最善が起こることを願い、まず相手の願いを聞いて、周りの評価を気にせずに行動を起こす」というものでした。
罪人と呼ばれ差別され続けた人たちは、主イエスから受け入れられ、招かれた時に、神の憐れみを深く感じたようです。そして生き方が180度変えられていきました。使徒ペトロの教えを聞いた人たちも同じだったのでしょう。そこに「神の霊」「キリストの霊」である聖霊の風が吹いて、神の憐みを深く感じたに違いありません。
けれども、自分の人生を変えることを自分の力だけで続けることは、弱い彼らには難しかったのでしょう。だからこそ、この後も自分を変え続けていただくために、彼らは「使徒の教え、相互の交わり、祈ることに熱心であった」のです。
私たちも大きな期待を持って祈るなら、心の中に聖霊の風が吹きます。共に集まり、御言葉を学び、心を合わせて熱心に祈り続けるのならば、聖霊は吹き続けてくれるでしょう。そのようにして、私たちは御言葉を聞いて行う者、聖霊の実を結ぶ者、キリストに似た者に変えられていくのです。
牧師 : 宮本幸男