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「春を宿す峰」絵画


「春を宿す峰」

 その山は、果てしなく長い眠りから覚めようとしていた。

鳥取県倉吉市から車を走らせると、つい先日まで雪で固く閉ざされていたはずの道路が、今は美しい緑のトンネルとなってぼくを迎えてくれる。窓を抜ける風はまだ冷たいが、木々の隙間からこぼれる光は確実に春の温もりを孕んでいた。通り過ぎてしまうのがあまりにも勿体なくて、ぼくは何度もアクセルを緩める。

 

 ふと視線を上げると、青い虚空に向かって毅然と聳え立つ大山の姿があった。

山肌には、まるで大自然が刻んだ傷跡のように、深く白い雪渓が眩しく残っている。それは、この地を支配していた厳しい冬の記憶そのものだ。しかし、その峻厳な佇まいの足元に目を移せば、そこには柔らかな新緑の絨毯がどこまでも広がっている。白の厳しさと、瑞々しい生命の緑。山全体が、いま正に静かに、しかし力強く呼吸を始めたのを感じた。

 

 その圧倒的なダイナミズムに見惚れながら車を進めていると、不意に時間が止まった。

新緑の斜面から、二匹の鹿がじっとこちらを見つめている。彼らには逃げる気配もなく、ただ静かに、深い瞳でぼくを捉えていた。その神聖な佇まいに、ぼくは不思議な錯覚を覚える。――彼らはもしかしたら、この大自然の奥深くへとぼくを誘うために現れた、美しきニンフ(精霊)の化身なのではないだろうか――。そんな空想が頭をよぎるほど、その出会いは神秘的だった。

 

 ぼくは車を止め、この「早春の喜び」をキャンバスへと写し取る作業を始めた。きっとあの鹿たちの黒い瞳に映っていた、そしてぼく自身の目を捉えて離さなかった「残雪の白と若葉の緑」を、この手で再現したかったのだ。その鮮烈な対比の中にこそ、季節が移り変わる奇跡の瞬間が宿っているはずだから。

(取材地 鳥取県倉吉市)

絵・文 田中基信

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