「価値あるものを勧める」
コヘレトの言葉1:1~18、
使徒言行録26:24~32
福音を証しする自分を通して、神が働いてくださることを体験することがあります。身近な人に福音を伝道することによって、その人の魂が救われる経験をすると、福音がどれほど素晴らしいものかが分かるようになります。しかし、私たちが語る福音を聞く人々の反応は様々です。
パウロの弁明の中で、復活の話を聞いたユダヤ総督フェストゥスは、ギリシャ哲学の影響を受け、ギリシャ・ローマ風の世界観を持っている人でした。霊魂の不滅は信じていても、肉体は悪であると信じていたので、その肉体が復活するということは、彼の世界観ではあり得ないことでした。だから、彼はパウロのことが「頭がおかしくなっている」としか思えなかったのです。
聖書を読み、その聖書が啓示する神を信じる私たちも世界観を持っています。その世界観を信じる私たちに対し、多くの人々が、フェストゥスと同じように思っているかもしれません。しかし、もし私たちが、神が与える世界観を信じることにチャレンジしないならば、福音を信じる価値というものが、はたしてそこにあるのでしょうか。
私たちには、自分が今まで考えもしないこと、思ってもみなかったことが、突然、天から啓示されてくることがあるのです。だから、他人から「頭がおかしくなったのか」などと言われて気にする必要は全然ありません。その啓示を感謝して、喜んで受け取れば良いことなのです。
また「主イエス・キリストの救いが素晴らしい」と感激するならば、それを誰かに伝えたくなるはずです。パウロも目の前のアグリッパ王を始めとする人たちに、主イエス・キリストの福音の救いを最高に価値あるものとして堂々と勧めました。
私たちもこの福音が素晴らしいものだと経験しているならば、それを「伝道」という行いで示していきましょう。この世の人々の世界観に縛られず、人々の暴言を恐れず、私たちが信じる最高のものを隣人に勧めましょう。
牧師 : 宮本幸男