
「時を抱く石垣」
戦国の武将・山中鹿之介がここ安来の富田城でその勇姿を馳せたのは、いまから五百年前のこと。「願わくは我に七難八苦を与えたまえ」と天に祈り、野山を駆けた鹿之介。しかし、その望みはついに叶わなかった。
その痛みを、この石垣は静かに見つめてきた。直径1メートルを超える石を幾重にも積んだ石垣は、往時の面影を伝える唯一の証人としてなおそそり立つ。石垣の隙間には茶の白い花が宿り、冷たい石肌に守られた葉はつややかに光り、花弁は朝露を宿す。ひそやかな命の営みが脈々と息づいている。
石垣の上にはススキが風に揺れ、空の青と雲の白がその寂しさを際立たせる。主人を失った石垣には天守も久しくないが、ここに立てば武将たちの息遣いや鬨の声が聞こえてくるようだ。
私は立ち止まり、しばし言葉を失った。石垣の隙間に咲く茶の白い花は、まるで時を越えて脈々と息づく命の証。茶の花の花言葉ー「追憶」「謙遜」ーに命懸けで主君を守り通した鹿之介のひた向きさを見るようである。ここには、時を越えてなお生き続けるものが確かにあるのだ。(取材地 島根県安来市 富田城)
文責 田中基信