潮風が頬をなでるたび、遠い記憶の匂いがよみがえる。断崖の上、足もとに広がるのは無数の緑の葉。そのあいだから、まるで太陽のかけらを拾い上げたような黄色い花が顔をのぞかせていた。ツワブキの群落である。眼下には紺碧の海がゆるやかにうねり、白い波頭が黒い岩肌に砕け散っている。島根・美保関の冬に、こんな穏やかな日はめったにない。長い時を刻んだ岩は皺を抱え、黙してその生い立ちを語る。その懐に花が根を張り咲いていることの、不思議と尊さを思う。荒々しい潮騒と、静かに揺れる花弁。その対照が胸にしみる。生きるとは、耐えること。風雨にも、冬の寒さにも、雪の重みにも一一彼らはこの地を自らの居場所と決めて凛と立つ。強い風が吹けばしなやかに身をかがめ、陽が差せば迷いなく顔を上げる。どこまでも透きとおる海の青を背に、花は光を集める小さな太陽となって輝いていた。
ぼくは、この崖が好きだ。冬がどれほど厳しくとも、必ず春の温もりが訪れることを、花たちは知っている。
「厳しければ、頭を低くして凌げばよい。固い岩を割って根を張ったのは、風雨に弱音を吐くためではない!」
そんな彼らの叫び声を、いまもここで聞いている。
(取材地 島根県美保関)
絵画・文 田中基信